国・地域の選択

No.044 パターンの基礎(その2)ジャケットの天幅の謎

実践!レディース・パターン教室 著:菊地 正哲

  • 学習・知識

アパレル工業新聞 2024年5月1日発行 5面
この記事・写真等は、アパレル工業新聞社の許諾を得て掲載しています。

前回は最も基本的な人体バランスの要素でもある「天幅」について考察しました。今回は現在多くの企業で使われている代表的なボディーを例に、それらのボディー原型の天幅の前後差を計測して比較します。更に今回はその延長で、テーラード・ジャケットの天幅について考察します。
テーラード・ジャケットのパターンメーキングについては、以前シリーズで掲載しました。その中で、天幅(前の襟ぐりのゆとり分の展開)がシルエットや着心地にどうのように影響するかを解説しました。今回のタイトルに”謎”と書いたのは、テーラード・ジャケットの天幅に関しては私自身が未だに悶々として説明に悩んでいるような有り様だからです。どこまで謎解きができるか、改めて考察してみたいと思います。

1.各種ボディーの天幅の比較

現在多くの企業で使われていると思われる3種類のボディーから抜き取ったボディー原型と、専門学校を代表して文化式原型を合わせて4種類の原型から、それぞれのパターン上の天幅の前後差と実際の天幅の前後差を割り出して、その違いを比較してみる。実際の天幅は、前回の「3.正確な天幅の前後差の測り方」の方法で割り出している。これにより、各ボディーの真の体形の違いを知ることができる。
※ここで使用しているボディー原型は、肩線や襟ぐりなど各ボディーの縫い目の位置でそのまま抜き取ったものである。また、手作業で抜き取った原型であるため、寸法は多少の誤差があることを断っておく。

【図1】キイヤ・ニュー キプリス 9AR―R のボディー原型。
■パターン上の天幅の前後差は10ミリである。
■実際の天幅の前後差は13.5ミリである。

実践!レディース・パターン教室44[図1]

【図2】アミコ・MISS10 のボディー原型。
■パターン上の天幅の前後差は11ミリである。
■実際の天幅の前後差も同じ11ミリである。

実践!レディース・パターン教室44[図2]

【図3】文化式原型。
■パターン上の天幅の前後差は僅か1.7ミリしかない。
■しかし実際の天幅の前後差は7.5ミリである。

実践!レディース・パターン教室44[図3]

【図4】キイヤ・ミリュ・オム38 のボディー原型。
■パターン上の天幅は前後同寸である。
■実際の天幅は前の方が3.5ミリ広い。

実践!レディース・パターン教室44[図4]

――このように、天幅の前後差が最も大きいのがニュー キプリス 9AR―R であった。逆に メンズボディーの ミリュ・オム38 は、後ろ天幅より前天幅のほうが広いのが分かった。ボディーの外観やパターン上の寸法からは分からない実際の体型が、こうした比較をすることで見えてくる。これらのボディーを使用する上で是非参考にしていただきたい。

2.ジャケットの前天幅は何故広い?

さて、ここからテーラード・ジャケットの天幅について考えてみよう。成人女子は前天幅より後ろ天幅のほうが広いのが原則のはずだが、テーラード・ジャケットにおいてはその原則が当てはまらないようだ。大抵の場合、テーラード・ジャケットの天幅は後ろより前のほうを広く設計する。レディスのパターン設計の原則から考えれば、前天幅を広くすれば肩先から後ろに抜ける服になってしまうことは容易に想像できるのだが、何故テーラード・ジャケットは前天幅を広くするのか、その設計の根拠はいったいどこにあるのだろうか?

【図5】テーラード・ジャケットのパターンの一例。
断っておくが、これはレディスのジャケットである。このパターンの前天幅は後ろ天幅よりなんと3.5センチも広い。(正確な測り方でもほぼ同じである。)しかし、実際に出来上がった服は着心地、シルエット共に極めて秀逸である。これだけ前天幅が広い例は少ないが、出来上がった服を見ればこのパターンに整合性があることは疑う余地がない。

実践!レディース・パターン教室44[図5]

【図6】前天幅を広く設計するときの製図上の解釈を表した図。
紳士服の世界では前天幅を広くとる扱いを「返り線を寝かす」と表現するが、昔のジャケットほどこの寝かしが大きいパターンが見受けられる。しかし、この図のように帰り線を寝かす扱いは、原型から展開してパターンを作るレディスの技法においては同等な操作方法がなく、その扱いの目的と根拠が理解しにくい。

実践!レディース・パターン教室44[図6]

3.前中心のダーツという考え方

紳士服では天幅のことを「襟ミツ幅」と言うが(レディスでも言うことはある)、メンズのテーラード・ジャケットは基本的に前の襟ミツ幅を広くする。その根拠として、前中心のダーツという考え方がある。そこには「主従の関係」というキーワードが関係してくるのだが、どういうことなのか。

【図7】柴山登光氏の著書「服づくり大全」から抜粋した「主従の関係」を解説した図。
この図によると、前襟ミツ幅を広くとることにより、前中心に後ろ襟ミツ幅との差分のダーツが発生する。そのダーツの前中心側を主とし、返り線側を従とする。従を主に合わせて追い込むことで返り線の浮きを押さえ胸のふくらみが出る、という理屈である。パターンは常に主と従の関係で成り立っている、というのがこの著書が唱える論理である。

実践!レディース・パターン教室44[図7]

【図8】この考え方を分かり易く解釈した図。
返り線をいせ込めば返り線はインカーブになり、反動で胸にふくらみが出る。同時にSNP(サイドネックポイント)が前中心方向に移動し、前襟ミツ幅が狭くなる(原型の襟ミツ幅に戻る)。

実践!レディース・パターン教室44[図8]

――この解釈が合っているのかどうか分からないが、まだ完全に理解できていない気がする。次回はレディスの視点から、とことんボディー原型にこだわってテーラード・ジャケットの天幅について考察してみようと思う。

PATTERN MAGIC II3D 資料ダウンロード