No.042 テーラード・ジャケットの袖にまつわる問題
実践!レディース・パターン教室 著:菊地 正哲
- 学習・知識
アパレル工業新聞 2023年11月1日発行 5面
この記事・写真等は、アパレル工業新聞社の許諾を得て掲載しています。
テーラード・ジャケットのパターンメーキングに関しては、以前長いシリーズで書きましたが、ある問題点とその修正方法については書いていなかったことを思い出したので、今回書くことにしました。その問題点とは、タイトルの通り「袖」に関係していることであります。どのようなことかと言いますと、袖の出来上がりがトワルと実物で違うという問題です。トワルでは袖のすわりが良くきれいに付いているのに、実物になると内袖の袖底にたるみじわが出てしまうのです。縫い方が悪いのか、アイロン処理が足りないのか、それとも何か他に原因が…?
皆さんはこのようなことに思い当たる節はありませんか?不思議なことにこの問題点、昔はなかったような気がします。まさか昔よりパターンの技術が低下したとは思いたくありません。どうやらジャケットの基本的な構造と、昔と今ではサイズ感が違うことが関係しているようです。さて、どんな関係なのか、今回はそのことについて解説したいと思います。
1.内袖のたるみじわ
【図1】今回の検証に使ったジャケットと2枚袖のパターン。
ジャケットの基本構造は3面体である。袖はやや前振りに設計していて、袖底はカマ底と同じカーブにしている。更に、袖の目をずらして「ひねり」を入れている。
【写真1】このパターンのトワルと実物の写真。
トワルでは袖がきれいに付いているので、パターンを修正する箇所はない。しかし、実物になると内袖にたるみじわが出る。トワルと実物の相違点は生地の厚みが若干違うことと、実物には裄綿が入ることぐらいである。
※袖の振りは今回の問題には関係しないことを確認している。
2.袖原型で検証
「ひねり」が悪さをしているのか?それとも2枚袖そのものが原因なのか?ならば袖の原型を付けて検証してみる。
【図2】袖原型で検証するためのパターン。
身ごろのアームホールを利用した一般的な方法で作図した袖原型である。2枚袖と同じくやや前振りに設計している
【写真2】袖原型をそのまま付けた実物の写真。
2枚袖のときと同じ現象が出ている。横から見ると想定以上に前に振れているが、それがこの現象に関係していることが考えられる。
【写真3】袖原型の前後の折り山線にハサミを入れた写真。
ハサミを入れることで外袖と内袖に分かれる。結果はご覧の通り、外袖はほぼ設計通りの振れ角に戻っているが、内袖がかなり前に振れている。つまり外袖と内袖がそれぞれ違う動きになっているのである。これがどうやら原因のようである。
3.アームホールの形状の変化
では、外袖と内袖が違う動きになってしまう原因は何なのか?それを探るために、アームホールの形状の変化に着目する。
【図3】今回のジャケットのパターン展開図。
3面体のため後ろ肩ダーツをアームホールに逃がしている。そのため前アームホール対して後ろアームホールの浮きが多くなっている。この浮きの扱いについてはいろいろな考え方と処理方法があるが、ここでは量産品を前提とするので、このまま浮きとして残しておく。
【写真4】このパターンをトワルで組んだ場合と実際の生地で縫った場合、更にそこに袖を付けた場合のアームホールの変化を比較した写真。
トワルではパターン展開により発生した後ろアームホールの浮きがそのまま出ている。実際の生地で縫うとアームホールの浮きが馴染んできて全体的に均されている。そこに袖を付けると袖山の形状に合わせてアームホールが押し下げられ、後ろのカマ底が下がっているのが分かる。
※アームホールの変化が分かるように袖は袖山の半分までにしている。
【図4】袖を付けた時と付ける前のアームホールの形状を比較した図。
設計時のアームホールと実際のアームホールはこれだけ形状が違うのが分かる。これでは設計時に想定していた通りの袖が付くはずもない。
【図5】内袖が想定以上に前に振れる原因を現した図。
この図を見れば【写真3】の現象が何故起こるのかお分かりだろう。これが内袖のたるみじわの原因だと断定できる。
4.アームホールの前後バランス
原因はアームホール形状の変化であることが分かった。では、アームホール形状が変化しないようにするにはどうしたらよいか?
【図6】アームホールの前後バランスが悪いパターン。
今回のジャケットのパターンがこれである。このパターンのように前後のバランスが悪いと、アームホール形状の変化が起きやすい。
※後ろの浮きをいせ込んだり肩先で引き上げたりするような扱いはしないことが前提である。
【図7】アームホールの前後バランスが良いパターン。
後ろの浮き分に合わせて前の浮きも増やしてバランスをとれば、アームホール形状の変化は起きない。昔のジャケットはバスト寸法が大きかった(100センチ以上あった)ので、必然的に前の浮きも多くなり、前後バランスが悪くなることはなかった。
5.袖の修正方法
最後に、アームホール形状が変化した場合(内袖にたるみじわが出た場合)の袖の修正方法を説明する。
【図8】修正例1:カマ底が下がったことを想定して、内袖の袖底をカットする。
【写真5】修正例1の実物の写真。
たるみじわはなくなるが、袖底にややマチ分が入ったような状態になっている。完全に収まっているとは言えないが、実践としてはこれが一番現実的な修正方法であろう。
【図9】修正例2:内袖の袖底部分全体をたたみ、振りを戻す。
内袖をたたむので外袖と寸法差が発生する。この寸法差は外袖をいせて処理をする。
【写真6】修正例2の実物写真。
たるみじわはなく内袖のすわりも良好である。外袖にいせの処理が必要なのが条件ではあるが、もっとも有効な修正方法である。