No.036 袖のパターンメーキング(その4)マチ入りキモノスリーブ
実践!レディース・パターン教室 著:菊地 正哲
- 学習・知識
アパレル工業新聞 2022年11月1日発行 4面
この記事・写真等は、アパレル工業新聞社の許諾を得て掲載しています。
前々回から袖の運動機能をテーマにしていますが、今回もその続きです。袖底のマチやピボットスリーブは、袖の外観を損ねずに運動機能を付加するものでした。今回は純粋に運動機能のみを追求した袖の設計をしてみようと思います。それが今回のテーマであるマチ入りキモノスリーブです。 衣服の機能性を追求していくと、究極は衣服を人間の皮膚にどれだけ近づけることができるかということになるのでしょうが、それをパターンの形状で表現すると、恐らく身ごろと袖の境目が無いキモノスリーブのような形になるのではないかと思っています。そこにマチの考え方を合わせるとどんな形の袖になるのでしょうか?今回も3D着装ソフトを使って検証していきます。
10.セットインスリーブの運動量
ラグランスリーブも、ドルマンスリーブも、そして今回のテーマであるキモノスリーブも、すべての袖はセットインスリーブが基になっている。まずは、基になるセットインスリーブにどれ程の運動量があるのかを把握する。
【10-1】セットインスリーブのシャツブラウスのパターン。袖山の高さはアームホール寸法の25%の設定。(袖の傾斜度は45度)
【10-2】セットインスリーブの3D画像。腕を上げたときの裾の持ち上がりに注目する。袖山の低いシャツ袖であっても、これだけ裾が持ち上がってしまう。
――このパターンは腕を下した時のシルエットを優先しているため、肩傾斜は原型のまま変えていない。それが裾の持ち上がりを更に大きくしている要因となっているのは言うまでもない。とはいえ、一般的なセットインスリーブの運動機能はやはり限界がある。
11.マチ入りキモノスリーブの設計
セットインスリーブを基にして、腕の外転に対応した運動量を付加する扱いは今までと同じである。今回は、袖山25%のシャツ袖を使用して、袖の一部ではなく全体に運動量が含まれるように設計する。今回もパターンの具体的な数値や作図の手順は省略する。
参考までに、3D着装ソフトを使ってセットインスリーブとキモノスリーブのニュートラル時における着心地を可視化して比較する。
【11―1】▼袖をSP(ショルダーポイント)から前後に分割する。
▼更に袖山部、中間部、袖底部に3分割する。
▼身頃も袖に分割位置に合わせて、肩部、身ごろ部、脇部に3分割する。
▼袖山部③、④を肩部に結合する。ここには運動量は加えない。
▼中間部②、⑤を身ごろ部に結合する。このとき、腕の外転に対応した角度にする。(ここでは腕を水平に上げた状態を想定している。)このときに出来る身ごろとの隙間が、外転に必要な運動量となる。
▼②、⑤で出来た隙間と同じ隙間になるように、袖底部①、⑥と脇部を一体化する。
――袖と身ごろを3分割したのは、部位によって必要な運動量と範囲が異なるからである。最終的に肩部と結合した③、④及び脇部と一体化した①、⑥は、それぞれ合体して1枚のパーツにする。その結果、袖山部はヨークスリーブ、中間部はキモノスリーブ、袖底部はマチになり、それらが複合した袖が完成する。
【11-2】3D着装ソフトの生地ストレス表示機能を使って、生地にかかる負荷を比較した画像。セットインスリーブに対して、キモノスリーブは肩部分にかかる負荷が明らかに大きいことが分かる。
――これは『6.袖下のマチによる運動機能』で述べた、「袖山が低い袖は決して着心地がいいとは言えない」という論理に当てはまる。運動機能を追求と着心地の追求は常に二律背反の関係である。
12.究極の運動量?
2つのマチ入りキモノスリーブを比較する。一つは腕の外転90度(腕を水平に上げる)に対応したもの。もう一つは外転180度(腕を真上に上げる)に対応したもの。外転180度は、言わば究極の運動量である。90度を[A]パターン、180度を[B]パターンとするが、[A]パターンは肩傾斜を原型のまま変えていないのに対し、[B]パターンは肩先を大きく持ち上げている。これら2つのパターンの運動機能とシルエットの違いを3Dシミュレーションで検証する。
【12A-1】[A]パターンの図。前項の作図の完成図である。
【12A-2】[A]パターンの3D画像。セットインスリーブと比較して、裾の持ち上がりがかなり小さくなっているのが分かる。
――肩傾斜が原型のままなので、外転90度でも裾が持ち上がっている。肩先を多少持ち上げれば更に裾の持ち上がりは小さくなるであろう。
【12B-1】究極の運動量の図解。セットインスリーブの縫い目をほどき、腕を真上に上げた時に出来る袖と身ごろとの隙間が、[B]パターンに必要な運動量である。
【12B-2】[B]パターンの図。必要な運動量を加え、肩先を大きく持ち上げた形状になっている。
【12B-3】[B]パターンの3D画像。腕を真上に上げても裾は全く上がっていないのが分かる。腕を下した状態ではかなり襷(たすき)シワが出ている。
【12B-4】[B]パターンの背面の3D画像。著しく襷シワが発生している。
――これが果たして着心地の良い服かどうかは着る人の感覚に任せるほかない。但し、着心地はどうあれ、後ろに抜けまくることは間違いない。
※尚、これに類似した衣服が2006年に中澤愈氏によって特許を取得している。