No.045 パターンの基礎(その3)ジャケットの天幅の謎2
実践!レディース・パターン教室 著:菊地 正哲
- 学習・知識
アパレル工業新聞 2024年7月1日発行 4面
この記事・写真等は、アパレル工業新聞社の許諾を得て掲載しています。
前回に続いてジャケットの天幅について考察します。
前回、ジャケットの天幅は前の方が広い理由として「主従の関係」という考え方を紹介しました。この考え方は、まさにパターン設計における精髄(せいずい)と言っていいでしょう。ただ、理解はできるものの、胸のふくらみを出す方法にしてはなんか少々回りくどい気がしないでもないです。これでジャケットの天幅の謎が解けた!というわけではないので、今回は更に理解を深めるべく、とことんレディスのパターンにこだわった視点からジャケットの天幅の謎を解いていこうと思います。
4.襟ぐり(返り線)のゆとりという考え方
ここからはレディスの原型を基にした解釈である。レディスのパタンナーである筆者としては、やはり原型の展開による考え方が理解し易い。そこで、原型を展開して前天幅を広げる操作をしてみよう。方法としては次の[A]と[B]の2通りの方法が考えられるが、その相違点と共通点を述べることにする。
[A]バストダーツを襟ぐりに逃がす
レディスの原型には大きなバストダーツがあるので、その一部を襟ぐりに逃がす(浮かせる)ことで襟ぐりのゆとりとする考え方が一般的である。この操作がシルエットにどのような変化をもたらすのか、3Dシミュレーションで検証する。
【4-1】原型のバストダーツの一部を襟ぐりに逃がした図。
バストのゆとりはカマ幅線で平行に出している。これを[A]とする。
【4-2】[A]を3Dでシミュレートした画像。
襟ぐりに逃がした分はそのまま浮き、これを襟ぐりのゆとりと捉える。バストのゆとりは”抱き”となって腕の付け根に収まる。
【4-3】[A]のバストラインでの断面図。
ゆとりが“抱き”となって腕の付け根に収まっているのが分かる。
[B]前中心を平行に出す
もう一つは、単純に前中心を平行に出して天幅を広げるという考え方がある。この場合、バストのゆとりも同時に出ることになるが、果たしてゆとりの入れ方としてこれで良いのか不安が残る。これも3Dシミュレーションで検証してみる。
【4-4】原型の襟ぐりを前中心に平行に展開した図。
寸法的にはバスト寸も大きくなっているが、着用時にはその分前中心がずれる形になる。これを[B]とする。
【4-5】[B]を3Dでシミュレートした画像。
[A]のような”抱き”としてのゆとりはなく、前中心が外側にずれている。前中心をボディーに合わせて着せれば、当然襟ぐりは浮くことになり、浮きが逃げて肩先が後ろに抜けてしまうことが予想できる。
【4-6】[B]のバストラインでの断面図。
前中心がずれているだけで、ゆとりとしての空隙がどこにもないのが分かる。
[A]と[B]の違いと共通点
どちらもバスト寸法が同じで前天幅も広い。この2点だけを見れば両者は共通しているが、バストのゆとりの入り方が全く違うのは前述の通り。これが外観や着心地にどのように影響するかは「実践!レディスパターン教室04テーラード・ジャケットの作図その2」で検証しているので参照していただきたい。ここでは、前回の「主従の関係」も含めて、ジャケットの前天幅が広い理由に関係すると思われる重要な共通点を述べる。
【4-7】[A]と[B]のそれぞれのSNP(サイドネックポイント)からWL(ウエストライン)の前中心までの直線距離を、襟ぐりの展開前と展開後で比較した図。
この距離はテーラード・ジャケットのラペルの返り線を想定したものである。どちらも襟ぐりの展開前よりも長くなっている。つまり、襟ぐりを展開する(ゆとりを入れる)ことがラペルの返り線の距離を長くすることになる。何故、返り線の距離を長くする必要があるのか?そこに謎を解くカギがありそうである。
5.実際のジャケットで天幅の謎を解明
前襟ぐり(返り線)のゆとりがある場合とない場合でどのような違いがあるのか、実際のジャケットで検証する。
【5-1】前襟ぐりのゆとりの展開をしていないジャケットのパターン。
原型の前後の天幅バランスを変えていないので、前天幅の方が後ろ天幅より狭い。
【5-2】前襟ぐりを展開してゆとりを入れたジャケットのパターン。
前天幅が後ろ天幅より広い。返り線は5ミリ程度いせ込む。
【5-3】前天幅が狭いジャケットの襟を立てた状態と、襟を返した状態を比較した画像。
【5-4】拡大図。
襟を立てた状態では前端は真っ直ぐ降りているが、襟を返した状態では前端が吊り上がり、拝んでいる。
【5-5】前天幅が広いジャケットの襟を立てた状態と、襟を返した状態を比較した画像。
【5-6】拡大図。
襟を立てた状態では前端は真っ直ぐ降りているが、襟を返した状態でも前端が吊り上がることがなく真っ直ぐ降りている。
6.結論
「パターンの基礎」というタイトルにもかかわらず小難しい内容になってしまったが、「天幅」をテーマにした流れでこうなってしまったので、ご勘弁を。それにしてもテーラード・ジャケットというアイテムはまだまだ分からないことが多い。今回は真相解明まではいかなくても、分かったつもりにはならないとこの章を締めくくることができないので、筆者なりの結論を出すことにする。但し、この結論はこの先変わる可能性があることをお断りしておく。
結論:テーラード・ジャケットの前天幅を広くする理由は、ラペルが折り返ることで、その部分の厚みにより前端が吊り上がる(拝む)のを防止するためである。
じゃあ生地が薄い場合はどうなんだよ!?と自分に突っ込みを入れたくなるが、検証結果を素直に受け止めればこの結論になろう。敢えて他の理由を挙げるとすれば、前述の胸のふくらみを出すためや、首回りの窮屈さの緩和のため、と言ったところか。どのような理由であれ、前天幅を広くするのは返り線の距離を長くすることが目的なので、その方法は前述の[A]であれ[B]であれ問題ではない。重要なのは、テーラード・ジャケットの設計は長い歴史の中で先人たちが培ってきた技術があるということだ。その技術の精髄は知らずとも、不文律としてそういうものだと理解しておく方がシアワセなのかも知れない。
【6-1】メンズの3ピーススーツの写真。これはジャケットを2枚着ているようなものだ。これなら前のゆとりが相当必要なのも理解できる。