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No.035 袖のパターンメーキング(その3)ピボットスリーブ

実践!レディース・パターン教室 著:菊地 正哲

  • 学習・知識

アパレル工業新聞 2022年9月1日発行 5面
この記事・写真等は、アパレル工業新聞社の許諾を得て掲載しています。

袖の運動機能について、もう少し話をしましょう。前回のマチによる運動量の付加は、主に腕の「外転」に対応するものでした。衣服設計における運動機能には、人体の関節の動きと密接に関係していて、特に腕の関節の動きに関しては、腕を真横に振り上げる「外転」に加えて、腕を前方に振り上げる「屈曲」や水平に前方に旋回する「水平屈曲」などがあります。これらの動きが複雑に組み合わされて腕が動くわけですが、残念ながらすべての動きに対応し、しかも審美性をともなった袖を設計するのはいささか限界があると思っています。
そこで、外観を損ねずに目的に応じた運動機能を付加しようと考え出されたのが、ピボットスリーブです。今回は、このピボットスリーブについての考察と、具体的なアイテムに用いられたピボットスリーブの作図例を紹介します。

7.ピボットスリーブとは?

ピボット(Pivot)とは旋回軸や回転の支点のことで、袖の動きの支点(カナメ)となるポイントを設けて、そこから身ごろの一部をくり抜いて袖のほうを裁ち出しにした袖がピボットスリーブである。身ごろの一部を袖側の裁ち出しにする際に、必要な運動量を加えることがポイントである。元々は狩猟用のジャケットなどに用いられていたが、単にデザインのために用いることもある。このピボットスリーブのもっとも基本的な設計とそのメリットについて説明する。

【7-1】外転に対応したピボットスリーブ。ピボットの位置は前後水平、もしくは若干前を高く設定する。身ごろの一部(というよりアームホールの一部)を袖側で裁ち出した形状となる。

【7-2】屈曲に対応したピボットスリーブ。ピボットの位置は前を低く脇線に近づけ、後ろを高く設定する。袖下線は前ピボットの位置に合わせて移動する。

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【7-3】外転に対応したピボットスリーブの3D画像。腕を下したときは裁ち出し部分がたたまれて脇の下に収まるので、外観の変化は少ない。

【7-4】屈曲に対応したピボットスリーブの3D画像。腕を前方に上げたときの運動量を補っている。

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――ピボットの位置は高いほど腕は上がり易くなるが、理屈はカマ底を上げたのと同じことである。上げ過ぎるとアームホールがきつくなるのは言うまでもない。ただし、前後のピボットを結ぶ直線は縫い目ではなく折り目になるので、縫い代が無い分きつく感じることが少ないのがピボットスリーブのメリットである。

8.ピボットスリーブの効果

同一のアームホールに異なる3種類の袖を付けて、その運動機能を比較する。3種類の袖はすべて袖山36%のジャケット用である。この袖を着用し、腕を30度外転したときの身ごろの状態を3Dで検証する。尚、状態を比較しやすくするため、衣服をシースルーにしてボディーとの空隙が見えるようにしている。

【8-1】通常のセットインスリーブの3D画像。腕を上げると袖に引かれて脇がボディーから大きく離れ、肩先が持ち上がっている。

【8-2】前回紹介した袖底を跳ね上げてマチを入れた袖の3D画像。肩先が持ち上がっているが、脇は殆どボディーから離れていない。これはピボットの理屈で言えば、跳ね上げた支点が最も高い位置にあるからだと思われる。

【8-3】外転に対応したピボットスリーブの3D画像。ピボットの位置により、脇は僅かにボディーから離れているが、肩先の持ち上がりはもっとも少ない。

実践!レディース・パターン教室35[8-1]実践!レディース・パターン教室35[8-2]実践!レディース・パターン教室35[8-3]

――これらの画像の比較から、主観ではあるがピボットスリーブがもっとも外観と機能性のバランスに優れていると思われる。無論、ピボットの位置までは袖山36%の袖であることには変わりはないので、腕を上げれば袖山が支えて突っ張ることは必定である。それでも通常のセットインスリーブよりは遥かに機能性に富んでいることは明らかであると言える。

9.ピボットスリーブの作図例

ピボットスリーブがどの様な袖であるかが分かったところで、具体的なパターンを2つ紹介する。[A]パターン、[B]パターンともベースは2枚袖のジャケットだが、それぞれデザイン的な嗜好と、他のアイテムへの応用性も含んだものとなっている。ここではパターンの具体的な数値や作図の手順は省略する。

【9A-1】[A]パターンの作図。身ごろの脇の一部をくり抜いて、それぞれ外袖と内袖の裁ち出しにしたデザイン。ピボット部分の形状は角ではなくカーブにして、かかる力を分散している。主に外転に対応した設計だが、内袖の裁ち出しの形状によって屈曲への対応も可能である。

実践!レディース・パターン教室35[9A-1]

【9A-2】[A]パターンの3D画像。

実践!レディース・パターン教室35[9A-2]

【9B-1】[B]パターンの作図。脇身ごろのカマ底を斜めに切り取り、切り取った3角形を内袖の裁ち出しにする。更に内袖と外袖を合わせ、外袖の切り替え線を3角形の頂点に向かうように大きく移動する。通常は3角形の頂点から切り替えることはしないが、これはデザイン的な遊びである。ピボットの位置は後ろが高くなるので、屈曲に対応した設計となっている。

実践!レディース・パターン教室35[9B-1]

【9B-2】[B]パターンの3D画像。

実践!レディース・パターン教室35[9B-2]

――他にも様々なピボットスリーブのデザインがある。

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