No.009 テーラード・ジャケットの作図・・・その7
実践!レディース・パターン教室 著:菊地 正哲
- 学習・知識
アパレル工業新聞 2018年5月1日発行 7面
この記事・写真等は、アパレル工業新聞社の許諾を得て掲載しています。
テーラード・ジャケットのパターンメーキング・・・その7
袖山の作図方法はあまたあれど、どれが正解なのか自分でも正直分かりません。結局は自分の得意な技法や考え方にフィットするやり方を見つけるしかないと思っています。そんな中で、前回紹介したアームホール・ゲージを使用する方法は、袖山のカーブをフリーハンドで描く際のトレーニングにもなるので、是非試していただきたいメソッドです。
今回はメンズ・テーラード仕立てでよく謳われている「前肩処理」と、「前肩処理」が施されたアームホールと袖山の形状との関連性について説明後、テーラード・スリーブの象徴ともいえる2枚袖の作図に入ります。
3.「前肩処理」と袖山の形状
ここで言う「前肩処理」とは、人がジャケットを着た時に肩が動き易いように、アイロン操作によってジャケットのアームホールの肩先前方と人の肩の間に空隙を作る処理のことである。具体的に言うと、前アームホールのSP(ショルダーポイント)から4~5センチ下がったところを意図的に浮かす処理のことである。浮かすと言ってもアームホールを伸ばすわけではなく、アイロン操作により地の目を変化させることで肩の一部分を曲面化する、いわゆる「くせ取り」の扱いの一つである。
【写真2】常のアームホールと、「前肩処理」を施したアームホールを比較した写真。前肩状態のアームホールは、肩先前方とボディーの肩の間に空隙があるのが分かる。アームホールの周長は同じなので、SPが前に移動している。
――これらのアームホールに袖をつけた場合、当然、両者の袖山の形状は違うものにならなければいけない。ただし、前肩の状態をアイロンによるくせ取りで作り出すことはできても、その状態を恒久的に維持するとなると話は別だ。よほど可塑性(変形後の状態を維持する性質)のある素材を使わない限り、時間の経過による緩和や外部からの負荷によって布地は元の状態に戻ろうとする。最終的に落ち着くシルエットは、織り糸の張力と重力がバランスしたところで維持されるのである。従って前肩状態を恒久的に維持するためには、あらかじめ前肩状態に作られた毛芯などを使用し、裏側から布地を固定する仕様が必須であり、その条件下での説明であることを前置きしておく。
【図12】アームホール・ゲージを前肩状態に修正したもの。このゲージを使用し、通常と同じように袖山を作図する。※山頂部の厚みと形状を決める目安とするのがゲージの目的なので、修正したことによるゲージ寸法の増減は無視する。
【図13】通常と同じ設定で袖山のカーブを描いた図。ゲージを目安にした山頂部の厚みは、ゲージ自体の厚みが増えていることを考慮し、通常よりも薄めに描く。
【図14】通常の袖山と前肩状態の袖山を重ねた図。※どちらも袖山の周長は同じ。
――人の手によるアイロンのくせ取りを既製服の縫製現場に導入することは、大量生産における効率と品質安定の観点から一考を要する。そもそも工業用ボディーを基準にパターンを設計するのであれば、元々肩の厚みがボディーに含まれていると解釈し、それ以上の「前肩処理」は必要ないと筆者は考えている。一点物、または個人対応の服なら話は違ってくるが、ここではあくまで既製服として最善なパターン設計とは何かを追求していきたい。
4.袖の「ひねり」(袖口の回転)
テーラード・スリーブの特徴は、肘ぐせがあることと袖口が内側に向かって回転していることである。袖口の回転については「ひねり」や「ねじり」などの表現があるが、ここでは「ひねり」と表現することにする。
では、そもそも何故、袖をひねるのか?理由はいたって単純、それは袖口のボタンの位置を前にずらすためである。テーラード・スリーブの袖口には、通常外袖の後ろ縫い目を利用した袖口をめくり上げるためのボタン明き、または明き見せがある。そのボタンが、机の上でものを書くときや何か作業をするときに、手首の真下にきてしまうと邪魔になる。そうならないようにボタン明きの位置を前にずらしてやるのである。前にずらしたボタン明きに向かって後ろ外袖の縫い目線を繋げると、袖全体がねじれるように袖口が回転した状態になる。これが袖のひねりである。つまり、袖口にボタンがなければ、ひねる必要はないとも言える(※この論理はあくまで筆者個人の見解)。
この解釈を基にすると、袖をひねる際の2枚袖の作図法は、従来の作図法とは全く違うものになる。そこで今回は、恐らくどの教科書にも載っていない2枚袖の作図法を、あえて紹介する。
【図15】袖にひねりを入れる理由を、人がものを書いているときのイラストで表した図。
①は袖にひねりがない場合。袖口のボタンが手首の真下にきて邪魔になる。
②は袖にひねりを入れた場合。袖口のボタンが横に逃げるので邪魔にならない。
【図16】一般的なテーラード・スリーブの作図例。袖の折り山をずらして作図をすることで、縫い付けたときに袖の目が元の位置まで戻され、袖にひねりが入る仕組み。
――袖の折り山をずらす作図法は、袖にひねりを入れる際の基本である。しかし、実はこの方法だと、袖の目が元の位置まで戻されたとき、ほんのわずかだが袖の目が変形してしまうのだ。変形した袖の目は、本来の袖のシルエットを崩すことになる。この問題を解決する一つの方法として、折り山をずらさない2枚袖の作図法を次に説明しよう。
5.2枚袖の作図
【図17】
▼袖原形のS1、S2を折り山にして袖の目を作る。
▼EL(エルボーライン)から袖口を前方に3センチ振る。振った先から袖口線を任意の角度で引く。寸法は前後均等にする。
▼前袖と後ろ袖の案内線を引く。肘幅はS2からEL上で1センチ内側に入れる。※数値は参考値。
【図18】
▼前袖線と後ろ袖線をカーブで引く。
▼前袖線から2.5センチ内側に平行線を引き、前内袖線とする。※数値は参考値。
【図19】
▼前袖線を軸にして前内袖線を反転し、前外袖線とする。
▼外袖の袖口線を引く。
【図20】
▼外袖の袖口線を前方に2センチ、内袖の袖口線を後方に2㌢水平移動。
▼移動した袖口線に向かい、前後の外袖線と内袖線を引き直す。
図17~20を「パターンマジックⅡ」で作図
【図21】この二つはどちらも同じパターン。
①は出来上がったデザインパターンの図。袖口を交互にずらすことでひねりが入る。
②は①の外袖と内袖を袖口の後ろ端で合わせて置き直した図。前外袖線と前内袖線が平行になっていない以外は図16と同じように見えるが、折り山をずらした場合とでは袖のシルエットにわずかな差となって表れる。
【図22】2枚袖の完成図。外袖線と内袖線の寸法差は、前外袖線を伸ばしに、後ろ外袖線をいせにする。
――この作図法は、一度ひねりのない袖を作ってから外袖と内袖のそれぞれにひねりを入れるため、2段階の手間となる。更に、前後の外袖線と内袖線をずらして引き直す際、手書きで相似カーブを引くのは難儀だ。それなのにこんなやり方を紹介するのは、こちらの方が論理的に正しいと思うからである。「実践!」という本稿のタイトルに反するかもしれぬが、ありきたりの作図法をここで講釈したところで一つも面白くない。出来上がったパターンの形状を見て違和感を覚える人も多かろうが、実際に縫って検証してから是非を判断してみてはいかがだろう。