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No.049 くせ取りの謎 その2

実践!レディース・パターン教室 著:菊地 正哲

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アパレル工業新聞 2025年3月1日発行 2面
この記事・写真等は、アパレル工業新聞社の許諾を得て掲載しています。

前回紹介したテーラード・ジャケットのアイロン操作は、私が今まで目にしてきたジャケット関係の縫製マニュアル等をもとにしたものですが、私自身も紳士服の職人さんから直接伝授された方法でもあるので、これを一般的な方法として紹介しました。もちろん、それを真似してみたところで熟練の職人の技には遠く及ばないことは承知しているつもりであります。しかし、こうした技術書や職人から得た情報は、にわかにそれが正しい技術として刷り込まれ、自分のスキルが上がったと勘違いするケースが多いのが現実です。事実、私がそうでありました。ところが、いざ実践していくと前回述べたたて糸Aと縫合線Bの長さの関係において疑問が湧いてくることになるのです。
そこで今回は、前回紹介した一般的なくせ取りの方法と、その他の考え方による方法を実践してみて、双方の結果を自分の解釈でお伝えしようと思います。間違っていたらごめんなさい。あくまで自分にとっての正解に辿り着きたいのです。さて、果たしてくせ取りの謎は解明できるのでしょうか?

A.くせ取り前のトワル

今回の検証はすべて生地にシーチングを用いて行っている。実際の生地で行えば違った結果になる可能性もあることを最初に断っておく。

【A-1】3面体ジャケットのくせ取り前のトワル画像。

【A-2】ウエスト回りの拡大画像。

肩、アームホールを含めて、くせ取りなどの処理は一切行っておらず、パターン通りに縫い合わせただけの状態。それぞれのパーツは平面的でウエストの断面は丸くならず角張っている。これをベーストワルとする。これを如何に丸くするかがアイロン操作の目的である。

実践!レディース・パターン教室49[A-1]

実践!レディース・パターン教室49[A-2]

B.一般的?なくせ取りをしたトワル

ベーストワルに一般的と思われるくせ取りを施してみる。技術書等によるアイロン操作の要点を押さえ、且つ、くせ取りの原理に則った操作を行った場合のシルエットを検証する。

【B-1】くせ取りをした身ごろの画像。

平台の上に脇身ごろを平らに置き、バストラインが水平になるように前後の身ごろのよこ糸を引き上げるようにアイロンをかける。

実践!レディース・パターン教室49[B-1]

――厳密には前後とも縫合線を挟んで左右にダーツ分を振り分けるようにアイロンをかけるのだが、縫合線を寸法通りに保つことがこの操作の要点であり、且つ、ある程度の戻りを想定するとこのような扱いになる。

【B-2】くせ取り後に着せ付けたトワル画像。

【B-3】ウエスト回りの拡大画像。

シーチングは糊が付いていて戻りが少ないせいもあるが、シルエットが完全に破綻している。

実践!レディース・パターン教室49[B-2]

実践!レディース・パターン教室49[B-3]

――何かが間違っているのであろうか?脇身ごろを完全フラットにアイロンをかけているのは多少大雑把ではあるが、技術書等に書かれているくせ取りの要点は押さえているはずである。少なくとも『せん断を変形させる』ことによる布の曲面化はされているようだが、求めるシルエットには全くなっていない。

C.ウエストに切り込みを入れたトワル

『布は伸縮があって初めて曲面になる』という考え方を短絡的に実行するため、ベーストワルのウエストに切り込みを入れてたて糸を切断する。それにより縫合線の長さが自由になり、シルエットがどう変化するか検証する。

【C-1】ウエストに切り込みを入れたトワルの拡大画像。

前身ごろのウエストダーツも含めて、各縫合線のウエストに横向きの切り込みを入れる。たて糸が切断された縫合線は口が開き、角張っていたウエストの断面が途端に丸くなる。

実践!レディース・パターン教室49[C-1]

【C-2】切り込みを入れた身ごろを平置きにした画像。
口が開いた縫合線の状態をキープして身ごろを平置きすると、ダーツ分が均等に振り分けられているのが分かる。

実践!レディース・パターン教室49[C-2]

――切り込みを入れたこと以外は、一切のアイロン操作はしていない。これが求めるシルエットであるなら、この要因はせん断の変形とは無関係。くせ取りの必要性はないことになる。

D.ウエストを伸ばすようにアイロンをかけたトワル

縫製の大原則は『イン・カーブは伸ばす。アウト・カーブはいせる。』である。テーラード・ジャケットの身ごろについて言えば、ウエスト部分はイン・カーブで、腰の辺りはアウト・カーブである。この大原則に則れば、ウエストは伸ばすのが当然ということになる。また、前回述べた『鼓型の展開図に例えた考え方』によっても、ウエストは伸ばすことで本来のシルエットになる。そこで、ベーストワルのウエスト部分をアイロンで伸ばしてみる。

【D-1】ウエストを伸ばすようにアイロンをかけたトワル画像。

【D-2】ウエスト回りの拡大画像。

これも角張っていたウエストの断面が丸くなっている。

実践!レディース・パターン教室49[D-1]

実践!レディース・パターン教室49[D-2]

――縫合線に割りアイロンをかける際、平台の上でかければイン・カーブ部分は自ずと伸ばされる。一度伸ばされたたて糸は元に戻ることがないので、この形状が保たれる。実際には縫い代があり、縫い代幅によっては裁ち端を更に伸ばさなければならないので、生地によって対応が変わるだろう。

謎の理由

これらのトワルを比較すれば、[D]のトワルが求めるシルエットであることは疑いようがない。しかし、世の中には先人達から受け継がれてきたくせ取りの技術が厳然と存在する。その技術を“謎”と捉えるのは技量と経験不足と言わざるを得まい。[B]のトワルの崩れたシルエットは、技量不足の証明になるということか。
いや、そもそもパタンナーはパターンを設計する際に、くせ取りによってせん断が変形することを予測してパターン形状を決めているのだろうか?トワルをピン打ちで組み立ててシルエットを確認する際に、部分的にシーチングの地の目の交差角を変える操作をしているであろうか?筆者が“謎”とする理由は、くせ取りをしてきれいになるパターンと、しなくてもきれいになるパターンがあったとして、それらのパターンにどの様な形状の違いがあるのかを具体的に示すものが何もなく、筆者自身も分からないからである。
結局、自分の技量に見合わない職人技を真似してみたところで、良い結果が得られるはずもない。筆者はそう考え、後進のパタンナーには[D]の操作を推奨している。

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