No.010 テーラード・ジャケットの作図・・・その8
実践!レディース・パターン教室 著:菊地 正哲
- 学習・知識
アパレル工業新聞 2018年7月1日発行 4面
この記事・写真等は、アパレル工業新聞社の許諾を得て掲載しています。
第4章 マニピュレーション(バストダーツの最終処理)
テーラード・ジャケットのパターンメーキング・・・その8
テーラード・ジャケットをテーマにして既に7回、今回の8回目でこのテーマもやっと大詰めを迎えました。恐らく次回で終わりますので(いや終わらせますので)、もう少しお付き合いください。
今回はバストダーツの最終処理とポケットの設計について説明します。ここで言うポケットとは腰の両側につくポケットのことで、大抵の場合は玉縁を有した切りポケットとなっています。カジュアルなジャケットではパッチポケットなども見られますが、テーラード・ジャケットにおいては切りポケットが主流です。
では何故、切りポケットなのでしょうか?これにはちょっとした理由があるように思います。単なるデザインか、何かのギミックか、実はこれから話すバストダーツの最終処理とも深く関係しているのです。
1.マニピュレとは
マニピュレーション(manipulation)の本来の意味は、巧みな扱い(操作)のことであり、転じてダーツの展開や移動などによって型紙を変形、または修正する操作全般を指すのだが、技術者(特に紳士服)の間では、前ウエストダーツを腰ポケットの切り込みを利用して展開する扱いのことを言うのが通念となっているようである。このマニピュレーション(以下マニピュレ)は3面身頃のみに施される扱いであり、その仕上がりの外観がテーラードらしさを出している大きな要因になっていることは間違いない。しかし、実はメンズとレディスではマニピュレの目的そのものが全く異なるのだ。
【図1】2種類のメンズのテーラード・ジャケットのパターン。よく見るとマニピュレの状態が少し違う。
①は標準体型のパターン。ポケット口をスライドするようにマニピュレしている。
②は反身体型のパターン。ポケット口が脇で開くようにマニピュレしている。
――筆者のようなレディス専門のパタンナーから見ると、②はバストダーツをたたんだ反動でウエストダーツが回転し、その結果ポケット口が脇で開いたように見えるが、実は脇で口が開いた分は腹のダーツ分、いわゆる「腹ぐせ」である。反身体型の他、出腹体型や前裾の拝みを補正するためにこのようなパターンにする場合がある。いずれにしても、前丈を長くすることで体型やシルエットに対応するのが目的である。
【図2】図1の2種類のマニピュレの展開図。
①は標準体型のマニピュレ。ウエストダーツは裾まで平行で、これをたたむとポケット口をスライドした形になる。
②は反身体型のマニピュレ。前丈を長くするためにポケット位置で平行に切り開くことにより、脇にダーツが発生する。
【図3】レディスのマニピュレの展開図。メンズとの違いはバストダーツの存在。最終的に残ったバストダーツをたたんでウエストダーツに展開することが目的。その反動でポケット口が脇で開く。
――当然だが、メンズにもバストダーツは「胸ぐせ」として存在する。しかし、「胸ぐせ」の扱いはアイロンによるくせ取りや、ラペルのイセ込みなどによって処理することが前提であるため、製図上ではバストダーツというものは存在しない。従って、マニピュレ本来の目的は、反身体や出腹などの体型補正に都合がよい方法として取り入れられたものと考えられる。一方、レディスの場合はバストダーツがあるため、マニピュレがバストダーツの最終処理に都合がよい方法として使われているのが現実ではなかろうか。
2.ポケット口の切り方とマニピュレーション
最終的に着丈やデザインを決めて身頃を仕上げる作業に入るが、マニピュレには切りポケットが必須である。ポケットの位置、大きさ、角度はボディーにトワルを着せ付けた状態で決めるのが望ましいが、ここではパターン上で位置決めを行うことにする。その際、ポケット口の角度がマニピュレにおいて重要になる。メンズのテーラード・ジャケットの多くは、着用時にポケットが水平に見えるように、パターンでは少し脇上がりの角度でポケット口を切っている。ポケット口をスライドするようにマニピュレするメンズのパターンではこれでよいのだが、バストダーツをたたんでウエストダーツに展開するレディスのマニピュレだと、脇上がりの角度では不都合が生じる。身頃のシルエットにもよるが、マニピュレにおいてはおのずとポケットのデザインが制約されてくることを承知しておかねばならない。
【図4】
▼着丈を決めてそれぞれの構造線を延長する。
▼ラペルの返り止まりから下の前端線はデザインにより任意に決定する。ここではHL(ヒップライン)で打ち合いがゼロになる角度で前端のガイドラインを引く。
▼前裾は前下がり分として1センチ下げる。
【図5】▼ポケット口の位置、大きさ、角度を決める。ポケット口はウエストダーツと脇線で分割されるので、あらかじめ身頃の腰部をポケット口で突合せになるように水平に重ねる。▼ポケット口の前端とウエストダーツとの間隔は1センチ以上空くようにする。▼角度は脇下がりにする。(図の角度は10度)※数値は参考値。
図5を「パターンマジックⅡ」で作図
【図6】ポケット口の切り方①。地の目を水平に置いた状態で切れば、立体上でもポケット口は水平になる。
【図7】ポケット口の切り方②。縫い目を突き合せた状態で切ると、立体上では脇下がりのポケット口になってしまう。
【図8】
▼身頃のパターンにポケット口を写し取る。
▼前端のカーブを描く。ここではアームホールのカーブを引くときに使った「交差した2直線の間を結ぶ最も自然な曲線(ベジェ曲線)の引き方」を応用している。
【図9】
▼前身頃を抜き出す。
▼ポケット口から下の腰部分(グレー部分)を分割する。
【図10】
▼バストダーツを閉じてポケット口に展開する。
▼ウエストダーツを開いたダーツ止まりの中間点で引き直す。
▼腰部分をポケット口と裾が合うように身頃と合体する。
図8~10を「パターンマジックⅡ」で作図
【図11】
▼前身頃に脇身頃を突き合わせてポケット口を一本につなげる。
▼フラップのデザインを決める。その際、脇身頃はフラップ下端の位置で5ミリ程度重なるようにする。これにより、フラップの浮きを防止する。
▼ポケット口の上に5ミリの平行線を引き、上玉縁線とする。※下玉縁線はフラップに隠れて見えないので記入しない。※数値は参考値。
図11を「パターンマジックⅡ」で作図
【図12】3面身頃の完成図。玉縁線は上下とも記入する。
――ポケットの切り方に関しては、さらに詳しい補足説明があるのだが、スペースの関係で割愛する。特に自動縫製機器が進歩した現在では、玉縁ポケットなどは殆どが機械付けである。機械は確かに速くて綺麗であるが、手で縫うように融通が利かないのも事実である。ポケット口はあくまで身頃の地の目を水平に置いた状態でまっすぐ切るのが基本だが、これを実際に縫うときはまっすぐではなくカーブになる。これが機械でどこまで対応できるか、パターンを設計する者は生産背景まで考慮して、効率とのバランスを考えて作らなければならないことを忘れてはならない。兎にも角にも、これで3面ジャケットのパターンメーキングが一通り終了した。次回は4面ジャケットの設計について解説をする。